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かがみよ、かがみ、かがみさん・・・



少し前の記事『渡されたバトンを・・・』の中で書いた、

「まわりの人は、自分の内面を映し出す鏡」みたいなことの続きかな・・・

目の前の人に見るイヤ~なところ・・・

それって・・・

もう自分には必要のない「刷り込まれた信念」とか「思い込み」から
映しだされているってこと・・・

そんなもんから「もう、あなたは自由になっていいのですよ。」
そして、「早く気づいて、本当の自分に戻って行ってね。」と・・・

まわりの人たちは、「鏡に映しだして、見せてくれている」協力者の方々なのだね・・・

例えば・・・

目の前の人が、自分の置かれている状況に不満で、グチグチ、メソメソしている姿
を見て・・・

「イヤだなぁ~、めんどくさっ!グチってばっかりで、聞きたくないよ!」って時に、

私は、ただ「私の中にもそんなネガティブなところがまだあったのか?
それとも、そうならないよーに見せてくれている反面鏡?」ぐらいに、
思っていたけれど・・・

「この人、なんでないものねだりばかりしているのだろう?
今あるものに気づいて、感謝すれば一瞬で幸せになれるのに・・・」って、
私は思ったのですね・・・

そんなことから・・・
「その姿を見せてくれて、私に気づかせてくれているのだね・・・」
って、私は気づくことができた・・・

または・・・

目の前の人の姿に、「ホントはなりたかった自分」を見るのかもしれない・・・

例えば・・・

「なんていい加減なの!なんでちゃんとできないの!」と、
「許せない!」と思う奥の奥には・・・

「いいよねー、いい加減でもちゃんとしていなくても生きていけれるんだ、
キチンとした人、人に迷惑をかけない人でいなくてもいいんだ。」と・・・

ホントは自分もそんなふうに、いい加減に生きてみたかったりして・・・
(いい加減っていう字、いい塩梅〈あんばい〉ともとれるね
塩梅=味加減、ほどあい、などのイミ)

そこには「そのまんまの私」ではダメなんだっていう信念が見え隠れする・・・

「そのまんまの私」を認めて欲しい、ほめて欲しい、愛して欲しいって気持ちも・・・

そして、それは、いつも誰かを「ジャッジすることにつながる」

つまり、「自分自身を常にジャッジしているから」

ジャッジ=判断すること、なんだけど、判決を下すっていうイミもある、

なんか、スゴイね・・・

そんなふうに、「鏡」を見ることで、た~くさんの「気づき」を得ることができて、
どんどん「本当の自分」に戻って行くことができるのだね・・・

だから、まわりの人たち、特に家族の人は、ホントにありがたい存在なのだね・・・

またまた、長くなりそうなので、このへんで・・・。








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Author:eva
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